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2007年1月31日 (水)

鉛色の空の下 -その3-

(その2からの続き)
この日はその後一度は晴れたものの、数時間後に空は再び雲に覆われ白いものが落ちてきた。

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くりはら田園鉄道 鴬沢工業高校前-細倉マインパーク前

2007年1月30日 (火)

鉛色の空の下 -その2-

夜半の雪がやんだ朝は雪が音を吸収するから静かである。そんな静けさを破ってディーゼルカーがトンネルを飛び出してきた。

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くりはら田園鉄道 細倉マインパーク前-鴬沢工業高校前

2007年1月29日 (月)

鉛色の空の下 -その1-

 さて、このまま雪晴れに突入では変化が少ないので、姫神の"火振り神事"が聴こえてくるような鉛色の空の下の雪景色を暫く綴ってみたいと思います。
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くりはら田園鉄道 津久毛-杉橋

2007年1月26日 (金)

凍てついた世界 -その3-

このカットを撮ったのは一昨年の正月のことですが、冬至からほどない正月の頃の弱々しい太陽では気温が上がらないのか昼前まで樹木についた氷は解けませんでした。

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くりはら田園鉄道 若柳-谷地畑

2007年1月25日 (木)

凍てついた世界 -その2-

通信線も樹木も凍りついた。

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くりはら田園鉄道 大岡小学校前-谷地畑(二枚とも)

2007年1月23日 (火)

凍てついた世界 -その1-

くりでん沿線でも栗駒以東は雪は少ないが太平洋側で晴れることが多いためか良く冷える。時にマイナス10℃となることもあり、そんな日は踏切も列車も霜に覆われる。

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くりはら田園鉄道 杉橋-鳥矢崎(二枚とも)

2007年1月22日 (月)

夜明け -その9-

鴬沢から先は周囲の山や林に光を遮られるので、日の出がもっとも遅い時期は(現在は平日の)下り一番列車が細倉から下ってくる頃に日が当たり始める。

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光は赤みを残しているのものの空は青みを増している。今日も晴天である。

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くりはら田園鉄道 鴬沢工業高校前-鴬沢(二枚とも)

2007年1月19日 (金)

夜明け -その8-

尾松を過ぎたところで冬の太陽はようやく姿を現した。
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くりはら田園鉄道 尾松-鴬沢

PS 主要機材を自分のミスで壊し、代わりの機材の確保で更新が一週間近く空いてしまいました。皆さんもお気をつけください。

2007年1月13日 (土)

夜明け -その7-

下り一番列車が栗駒を出たところで空の輝きが増す。もう直ぐだ。
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くりはら田園鉄道 栗駒-栗原田町

2007年1月12日 (金)

夜明け -その6-

沢辺を出た下り一番列車が杉橋手前にさしかかっても、まだ日は昇らない。
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列車が通過して暫くしてから日が昇る。
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くりはら田園鉄道 津久毛-杉橋

2007年1月11日 (木)

夜明け -その5-

さて、太陽は急速に輝きを増すので、あーでもない、こーでもないとバタバタとしていると人の気配が・・・振り返ると沢辺の駅員さんでした。

日の出の風景の綺麗さについて二言三言言葉を交わすと、駅員さんは腕木信号機の状態を確認し、再び駅へと戻っていきました。この鉄道が人によって支えられていることを再認識させられる出来事でした。

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くりはら田園鉄道 沢辺

2007年1月10日 (水)

夜明け -その4-

ちょっと予定を変えて前日のエントリに対するコメント”腕木信号機と太陽と更に列車を組み合わせられないか?”への回答です。

答えは、(正確には日の出の時刻を調べる必要がありますが)1月下旬から2月初旬位なら可能です。ただし、このとおり太陽は線路の北側へ周ってしまいます。なかなかうまくはいきませんね。
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くりはら田園鉄道 大岡-沢辺

2007年1月 9日 (火)

夜明け -その3-

東の空が晴れていたのでその場に留まること暫し、朝日が昇ってきた。
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同時に朝霧も立ちこめてきた。
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くりはら田園鉄道 沢辺

2007年1月 8日 (月)

夜明け -その2-

茜色に染まった空の下、沢辺駅で列車は交換してゆく。
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くりはら田園鉄道 沢辺

2007年1月 7日 (日)

夜明け -その1-

年をまたいだ冬のこの時期、一番列車(現在は平日ダイヤのみ)は夜明け前となる。沢辺駅の大岡側の腕木信号機が進行を指したこのとき空は茜色に染まりつつあった。
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くりはら田園鉄道 沢辺

2007年1月 6日 (土)

オープンセットに思う -後編-

木枠の窓・戸・戸袋、障子と縁側、濡れ縁・・・私が子供の頃(昭和40~50年代にかけて)には当たり前だった風景がそこにはありました。勿論今でもこのような家屋はあちらこちらで見かけます。ただ、その多くは(私の実家もそうですが)窓や戸がアルミサッシとなり原型をとどめていないものと思います。さらに、近年建築される家屋で縁側を持つものって極めて少ないのではないでしょうか。
縁側のある家で育ったせいか、こういう家屋には思い入れがあります。夏は暑さを遮断し、冬は日の光を最大限にとりいれる。洗濯物を干したり、子供が遊んだり・・・先人の知恵っていうんでしょうか良いと思うんですけどね。

このような家屋が10数棟、余裕のある間取から幹部社員用?と思います。。寒さのこたえる冬は別として、維持もかねた民泊ツアーとかいろいろやりようはあると思うんですが・・・なんとか活用できないものかなぁ。

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2007年1月 5日 (金)

オープンセットに思う -中編-

10数軒?の鉱山住宅がそのままの姿で・・・一部は映画のロケにつかわれたのかもしれませんが・・・残されてました。

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2007年1月 4日 (木)

オープンセットに思う -前編-

昨年末のくりでん撮りおさめの際に細倉駅前でこんな看板を見かけました。

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昨夏に映画「東京タワー」のロケを行っていたのは知ってますが、オープンセットがそのままとは思っていなかったので空き時間を見て行ってみました。
セット事態はこんな感じにさびれた商店がキメラのように5,6?軒くっついて固まったものでした。映画の中では一軒一軒切り取られ、光線等考えられて輝いているのでしょうが、一度にみちゃうと感想は”ふーん”といった感じでした。
しかし、ちょっと歩いていたら・・・。
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2007年1月 2日 (火)

くりでん撮り初め

 昨日は昼前くらいを見計らってくりでんに行ってきました。天気は穏やかで、このように栗駒山もクッキリ雪化粧した姿を現してくれました。
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くりはら田園鉄道 鴬沢-尾松

その後、列車の時間が空くときに石越に行ったところ折り返しの列車を待つ人々の列がありました。JRのフリー切符を使って遠方から訪れた人もいたようです。
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くりはら田園鉄道 石越

2007年1月 1日 (月)

あけましておめでとうございます

今年も当ブログをよろしくお願いします。

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くりはら田園鉄道 尾松-鴬沢

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