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2007年4月27日 (金)

2003年 会津の桜を求めて -終わり-

列車の到着をはさみ工事は更に続きます。しかし、この日の休暇は午前中だけなので後ろ髪をひかれながら滝谷の駅に別れを告げて帰途につきました。

もう滝谷の桜は盛りを過ぎたことでしょうか。駅名票が新しくなっても変わらず駅を彩っていると思います。そのうち再び桜の咲く季節に訪れてみたいものです。

でも今度は晴天のときがいいなぁ・・・。

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只見線 滝谷(三枚とも)

2007年4月26日 (木)

2003年 会津の桜を求めて -その13-

そうこうしている間に古い駅名票は根元で切断されてしまいました。
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只見線 滝谷(二枚とも)

2007年4月25日 (水)

2003年 会津の桜を求めて -その12-

通学列車が行ってしまい、撮るネタも尽きて車で不貞寝していたら騒がしくなってきました。様子を見に行ってみたら工事のようでした。
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気になってトラックの荷台をのぞいてみると・・・そこには新しい駅名票が積まれてました。
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2007年4月24日 (火)

2003年 会津の桜を求めて -その11-

このときから今年で4年、只見線で通学していた彼ら彼女らは既に高校を卒業しています。時の経つのは早いものです。
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只見線 滝谷

2007年4月23日 (月)

2003年 会津の桜を求めて -その10-

平日休みではないので普段は余り撮ることのない駅スナップも・・・ちょっとヤボだったかな?
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只見線 滝谷

2007年4月20日 (金)

2003年 会津の桜を求めて -その9-

勿論、列車を桜と絡めても撮りました。しかしまぁ・・・天気が悪くてもそれなりに絵になりますねぇ。
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只見線 滝谷(二枚とも)

2007年4月19日 (木)

2003年 会津の桜を求めて -その8-

駅前の古い家屋を桜と絡めてみたり・・・。
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只見線 滝谷駅前(三枚とも)

2007年4月18日 (水)

2003年 会津の桜を求めて -その7-

列車待ちの長い時間は駅名票と対峙したり・・・
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只見線 滝谷(三枚とも)

2007年4月17日 (火)

2003年 会津の桜を求めて -その6-

夜明けの磐西貨物以外にも只見線で桜の宿題があったのですが、こちらもまだ咲いておらず、貧乏性なもので仕方なしに咲いている別の場所で・・・。

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まあ、焦らすまでもなく滝谷駅でウダウダと過ごしたのでした。このときは駅名票は古いタイプでした。
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只見線 滝谷(三枚とも)

2007年4月13日 (金)

2003年 会津の桜を求めて -その5-

貨物については桜ではなく前年からの宿題が目的で、晴れてないと話しになりませんでした。その後の運転時刻の変更、更にはとうとう列車自体が廃止されてしまった今となっては残念で仕方ありません。
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磐越西線 山都-喜多方

2007年4月12日 (木)

2003年 会津の桜を求めて -その4-

このときは月火と東京出張だったので、車を会津若松駅にパーク&ライドすれば貨物を月・水の朝に撮れるぞ!と目論んでいたのですが、結果は両日とも雨・・・。結局一日は不貞寝しちゃって撮ったのはこのカットのみでした。
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磐越西線 山都-喜多方

2007年4月11日 (水)

2003年 会津の桜を求めて -その3-

 第二舞台田踏切で撮影する頃からだったか、とうとう雨が降り出しました。そんな中を次の撮影地を求めて西進し、そういえば木蓮も咲いているかと思い出したのがこの場所です。そんな訳で本日はタイトルに偽りあり?・・・かな(笑)。

 さて、この場所は35mmの3:2のフォーマットでは収まりが悪く感じられたので1:1で切り取ってみましたが如何でしょうか?
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磐越西線 野沢-上野尻

2007年4月10日 (火)

2003年 会津の桜を求めて -その2-

いい加減な記憶ではこの日は山都で友人たちと蕎麦を食べた気がする。その間にも天気は一層悪くなり会津若松で折り返した「ばんえつ物語号」が定番の第二舞台田踏切を通過する頃にはほとんど露出が無い状態だった。もう一度撮り直したいところだが果たして何年後になるだろうか?
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磐越西線 喜多方-山都

2007年4月 9日 (月)

2003年 会津の桜を求めて -その1-

「くりでん」に通い始める前までは蒸機やら貨物やらで足繁く会津に出かけていました。会津は多くの方が素晴らしいカットを様々な場で発表されていますので私の出る幕もないのですが、「まあいいかぁ・・・」と2003年の4月中旬、桜を求めて行ったのですが天気に見放されたときのカットを紹介していこうと思います。

先ずは峠に挑む「ばんえつ物語号」を定番の慶徳集落の桜を背景にしたカットからです。
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磐越西線 山都-喜多方

2007年4月 5日 (木)

今しばらくお待ちください

このブログを見ている皆様へ

更新が滞ってしまい申し訳ありません。
現在ちょっと忙しくて更新まで手が回りません。
来週くらいからボチボチ再開したいと思います。

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くりはら田園鉄道 栗原田町-栗駒(全て当時)

2007年4月 2日 (月)

サヨナラくりでんな日々 -その5-

 明けて4月1日の朝は前日の雨が嘘の様に日が差しました。遅くなるだろうと思い友人と泊まった栗駒からの帰路、宿の近くの栗原田町駅でふと車を止めました。早くも遮断機の竿は外されていましたが、踏切を通る車という車はちょっとためらう様に一時停止していきます。ちょっと可笑しいような寂しいような・・・。

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 そして、尾松、鴬沢、鴬沢工業高校前と立ち寄りながら細倉を目指しました。鴬沢以遠の駅には「ありがとう」の横断幕がまだ残されたままでした。くりでんの廃止が一番寂しかったのはこの地区の年配の人々ではないでしょうか。かつては文化もくりでんに乗ってやって来たのでしょうからね。

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 そして、細倉の電鈴式の踏切を渡り、俯瞰地点へ足を運びました。そこからは黄砂に覆われた白っぽい空の下、昨日までと同じように線路が横たわっているのが見えました。「ヨシ」と心の中で一息ついて山を下ると、斜面に桃でしょうかピンクの花が咲いてました。
 最後にその花を絡めて列車を撮れなかったのは残念でしたが、およそ3年に渡る「くりでんな日々」、子供が生まれた中での撮影行はちょっと考えただけでも奇跡的、それだけでも家族に、特に妻と母には感謝しないといけないだろうと思い、レールがまだ鈍く光る細倉マインパーク駅に寄って峠越えの道にハンドルを切ったのでした。

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2007年4月 1日 (日)

サヨナラくりでんな日々 -その4-

 そして昨日は運行最終日、午前中は薄日も差し、栗駒山も山頂まで姿を見せてくれましたが午後からは雨、それは時間とともに大粒となり、まるでくりでんに別れを惜しむ涙雨のようでした。
 私は、複雑な思いを感じながらもあちらこちら撮影して、最後の石越行き営業列車を若柳駅付近で見送り、戻ってくる回送を迎えるために駅舎に行きました。そこには同じ思いの多くの人が詰めかけていました。回送列車はカンテラに誘導され、労をねぎらう拍手の中を洗車場に入り停止、各部を点検ののち火を落としました。これで約三年に渡ったくりでんな日々も一応終わりです。

 ”絶景”、”ふれあい”、”よかった探し”、そして、忘れちゃいけない”美味い酒”・・・これらの素晴らしかった出会いにありがとうと言いたいと思います。

 最後に、この一日が事故無く終われたのは何より一番だったと思います。雨の中を安全確保に走り回ってくれた社員の方々とボランティアスタッフの方々に感謝の意を表したいと思います。本当にお疲れ様でした。

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くりはら田園鉄道 若柳駅(三枚とも)

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