2008年1月 3日 (木)
2007年11月12日 (月)
2007年11月11日 (日)
くりでんが動いた日 -前-
予告どおり!?週末に栗駒駅構内で行われたくりでんの体験乗車会に子供を連れて行ってきました。当初は日曜に行く予定でしたが天気と別の予定のキャンセルで土曜日の午後に行ってきました。
1つだけスペースが空いていた駅の駐車場に車を止め栗駒駅舎に向かうと運行試乗会場(あり?体験乗車会じゃないな)の看板が掲げられ、結構な賑わいです。
早速子供とばあちゃん(=私の母)を送り出し、KD95に乗る子供のスナップを撮って(後から考えるとデジカメで押さえてなく・・・嫁になんと言われるやら(-_-;)迎えに行くと「もう一回乗りたい!!!」と予期したとおりの反応でした。そこで、今度は私が連れて乗せに行きます(今回未就学児は無料と言うことで助かりました(^_^;)。
改札口で乗車証を購入してホームの中に入ると、石越方の腕木信号機の先まで行ったKD95が戻ってくるところでした。そこで、仮設!?の踏切(泣かせることに電鈴式!しかも・・・鳴る)が良く見えるところで通過を見送ってからホームに行きました(ちなみにこの間写真は撮ってません。子供連れだと余裕が無いです)。
するとそこにはてるてる坊主が吊るされていました。なんか去年のくりでん博を思い出しました。
さて、そうこうする間もなく細倉方、風土館手前の踏切付近まで行っていたKD95が戻って来ます。
くりはら田園鉄道 栗駒駅構内(3枚とも:2007年11月10日)
2007年10月26日 (金)
2007年10月25日 (木)
2007年8月 3日 (金)
2007年6月 6日 (水)
2007年6月 5日 (火)
2007年6月 4日 (月)
2007年6月 3日 (日)
2007年5月 5日 (土)
2007年5月 2日 (水)
くりでんその後の現況 -前-
更新が遅くなってしまいましたが、先週末は隙を見てくりでん沿線に行って来ました。細倉に着いたときには午後三時くらいで沢辺までユックリと見て回りましたが、既に架線や通信ケーブルは撤去されており踏切や架線柱の撤去も始まっていました。
細倉マインパーク前駅の貼り紙、4月1日の朝には無かったと思うのでその後貼られたのでしょう。
同駅付近の線路、最近作業用の陸軌車が入ったのか光っています。なんか線路が生きているよう不思議です。
金田森へ上る踏切、桜散り始めでした。既に警報機と遮断機が撤去されています。ベニヤ板には「止まれ」の文字、以前のエントリで車が一時停止する様子を不思議と書きましたが、作業用の車両が通るので一時停止してほしいと警察からアナウンスされたそうです。
まだ撤去されていない警報機等にも行き先がガムテープで貼り付けられてました。これはくりでんに残るのでしょうが、複数の地方私鉄や第三セクターの会社名が貼り付けられていました。
2007年4月 2日 (月)
サヨナラくりでんな日々 -その5-
明けて4月1日の朝は前日の雨が嘘の様に日が差しました。遅くなるだろうと思い友人と泊まった栗駒からの帰路、宿の近くの栗原田町駅でふと車を止めました。早くも遮断機の竿は外されていましたが、踏切を通る車という車はちょっとためらう様に一時停止していきます。ちょっと可笑しいような寂しいような・・・。

そして、尾松、鴬沢、鴬沢工業高校前と立ち寄りながら細倉を目指しました。鴬沢以遠の駅には「ありがとう」の横断幕がまだ残されたままでした。くりでんの廃止が一番寂しかったのはこの地区の年配の人々ではないでしょうか。かつては文化もくりでんに乗ってやって来たのでしょうからね。

そして、細倉の電鈴式の踏切を渡り、俯瞰地点へ足を運びました。そこからは黄砂に覆われた白っぽい空の下、昨日までと同じように線路が横たわっているのが見えました。「ヨシ」と心の中で一息ついて山を下ると、斜面に桃でしょうかピンクの花が咲いてました。
最後にその花を絡めて列車を撮れなかったのは残念でしたが、およそ3年に渡る「くりでんな日々」、子供が生まれた中での撮影行はちょっと考えただけでも奇跡的、それだけでも家族に、特に妻と母には感謝しないといけないだろうと思い、レールがまだ鈍く光る細倉マインパーク駅に寄って峠越えの道にハンドルを切ったのでした。
2007年4月 1日 (日)
サヨナラくりでんな日々 -その4-
そして昨日は運行最終日、午前中は薄日も差し、栗駒山も山頂まで姿を見せてくれましたが午後からは雨、それは時間とともに大粒となり、まるでくりでんに別れを惜しむ涙雨のようでした。
私は、複雑な思いを感じながらもあちらこちら撮影して、最後の石越行き営業列車を若柳駅付近で見送り、戻ってくる回送を迎えるために駅舎に行きました。そこには同じ思いの多くの人が詰めかけていました。回送列車はカンテラに誘導され、労をねぎらう拍手の中を洗車場に入り停止、各部を点検ののち火を落としました。これで約三年に渡ったくりでんな日々も一応終わりです。
”絶景”、”ふれあい”、”よかった探し”、そして、忘れちゃいけない”美味い酒”・・・これらの素晴らしかった出会いにありがとうと言いたいと思います。
最後に、この一日が事故無く終われたのは何より一番だったと思います。雨の中を安全確保に走り回ってくれた社員の方々とボランティアスタッフの方々に感謝の意を表したいと思います。本当にお疲れ様でした。
2007年3月31日 (土)
2007年3月30日 (金)
サヨナラくりでんな日々 -その2-
栗駒山が一息ついたあとに目がいったのは俯瞰でした。何箇所かは撮影地を見つけることが出来、このブログで紹介したところもありますが、中にはどう考えても撮影のために植林した杉が切られたと思われ、悩んだ末に紹介しなかったところもあります。
心残りは背後に栗駒山を配した鴬沢-鴬沢工業高校前間のカットです。何度か山中を彷徨いましたが手前の木が思いっきり邪魔になり、一時は木登りして撮るかとも考えもしましたが、結局断念しました。
山中をさまよった際に気づいたこととして頂に祠が祭られていることがあげられます。今でもお参りされているようでした。
さて、本日のカットは俯瞰の定番金田森から鴬沢-鴬沢工業高校前を遠望したものです。
このカットは500mmなのですが空気が澄んでいるときは、列車は豆粒になってしまいますが300mm以下を使って背後の山並みの稜線を入れたものです。
くりはら田園鉄道 鴬沢-鴬沢工業高校前
2007年3月29日 (木)
サヨナラくりでんな日々 -その1-
私が”くりでん”を主とした撮影対象にしたのは約3年前から、家庭の事情で遠出できないこともあってでしたが、時間が許す限り沿線に出向いて行けば行くほど深みにはまった感じです。
車両がどうこう言う向きもありますが、タブレット、腕木、駅舎、それを支える人、そして、沿線の人々と四季それぞれに奥深い魅力がある風景・・・無くなってしまうのは寂しく本当に残念に思います。
通い始めて最初の頃は(順当に?)背後にそびえる栗駒山との組み合わせに腐心しました。これが簡単なようで難しく、特に架線や背後の電柱の存在は時に非常に恨めしく感じることもありました。
本日の二枚のカットは皆さんもご存知のとおり栗駒山バックの中でも定番なところで、山が出たらとりあえず・・・な感覚で、空や季節が醸し出す表情が変わるたびに撮影を行った場所です。ある程度納得できるカットを撮れてからも結構な枚数を撮っていますが、それは定番の持つ魅力というものなのでしょう。
今日を含めてあと三日、これらの場所を走るディーゼルカーともお別れです。
くりはら田園鉄道 鳥矢崎-杉橋
くりはら田園鉄道 鳥矢崎-杉橋
2007年3月27日 (火)
2007年3月26日 (月)
2007年3月22日 (木)
くりでん近況
今日はちょっと予定を変えて・・・
21日に(”も”だろと言われそうですが(^_^;)急遽伯父夫婦を車で実家に乗せていくことになったので午後から抜け出してくりでんに行って来ました。最初は天気が今一つだったのでいくつかの駅を訪れました。
先ずは実家より30分の細倉マインパーク前駅に行ったのですが、・・・これ13時台の上りに乗る人の最後尾です。ボランティアスタッフが数人で誘導を行っていましたがイヤハヤ凄いです。それから車で訪れて乗る人も多いのか病院の跡地に白線が引かれていました。
「さよならヘッドマーク付きました」 くりはら田園鉄道 細倉マインパーク
次に折り返す列車が発車しないうちに駅を離れ沢辺に先回りしました。そうしたら寒空の下、駅舎の脇でストリートライブならぬステーションライブが・・・。ライブをしていたのは”スクラム”のお二人?でCDを配布されていたので頂き、ここで追いついた列車を撮影して、ちょっとだけカンパして”がんばってね”と声をかけて来ました。
さて、遅れが酷く時間が読めない中、14時台の下りが”撮った”ではなく”見送った”になってしまったので若柳駅で子供へのお土産を買って、思ったほど人のいなかった石越駅で15時台の下りをスナップの後再び西に向かいました。
西に行くほど天気は回復傾向だったので15時台の上りの遅れを見込んで少ないながらいる撮影者の様子を見ながら進み、栗原田町で(30分以上遅れていたでしょうか?)上り列車を撮ることが出来ました。
遅れても交換は沢辺だろうと考え杉橋付近に戻ろうとしたところ田町駅前の踏切が”カンカンカン・・・?”どうやら栗駒交換だったようで撮り逃しちゃいました。このところ日中は最大20分程度の遅れが状態化していますが交換駅変更は無かっただけに油断していました。
そして、行っちゃったのが判っただけ良かったと考え直して16時台の上りを鴬沢手前で撮り、改めて杉橋に向かったのですが次の下りが来たのは太陽が雲の下に沈んだ後で、細倉に寄って帰路につきました。





















